烏鎮は優れた杭嘉湖平原にあり、太湖流域運河水系に属し、京杭大運河が鎮の北からくねくねと通る。川がたくさんあるので、交通が便利にするため、たくさんの橋を作らなければいけないのだ。記載によると、烏鎮の橋が一番多い時は150数基あり、百歩で橋一基という言い方もある。風雨の浸食を経って、船は橋にぶつかるとか、橋の石が倒れるとかがあったけど、今の烏鎮でもかなり数量の古橋があり、西柵だけで七十二基があり、数量と密度は国内で珍しく、古橋博物館と言えるだろう。
烏鎮の古橋は大部分が石橋で、歴史が悠久で、風格も多様だし、造型が美観で、簡単便利な板橋、素朴なアーチ橋、精巧な煉瓦の石橋などがあり、その中に、石のアーチ橋が一番多い、石のアーチ橋の各カーブの中に、半円、円カーブが良く見える。
ある石橋の上に古色の東屋や閣を建てられ、廊下橋になる。例えば、遭源双橋、雨読橋、上には閣があり、日光や雨を遮り、橋の側は手摺があり、観光者は座って休めるし、景色を観賞することもできる。ある橋の柱、手摺には精細の図案の模様があり、蓮、六回輪回図案、万文字紋など、これら美しい図案は古橋に趣を加えただけではなくて、古鎮の人々の宗教習俗及び吉祥、無事を祈る美しい願望も含んである。
烏鎮の古橋の中に、“橋里橋”は最も美しい風景である。橋里橋、実際は二基の直角交差するアーチ橋――通済橋と仁済橋のことである。何れの橋の側に立てば、橋の空洞を通して、別の橋を見ることができる、井の中で月見をするようで、“橋里橋”という美称を付けられたわけだ。“橋里橋”は人文美と田園美の完璧な融合であり、野性の豪放と結構の精巧を兼ねている。橋の隙間に野生の木の枝が斜めに伸びて、橋の柱の対連は気迫に満ちている、橋の上に立って周りを見ると、水閣風光は全部見られる。京杭大運河はくねくねと北向け、文昌閣は容姿淑やかで、白蓮塔は高くて聳えて、橋の世界の逸品といえるだろう。 |